スワン


スワンは、初めて迎え入れた、イングリッシュローズ(ER)だった。

 

しかし、そのときは、ERを迎えたという、特別の感慨はなかった。

 

名前に惹かれて選んだ、だけだからである

 

白バラの分類を、ながめていたときである。

 

「スワン」という文字面が、単純で、また花の容貌がイメージできる、良い名前であるような気がした。

 

バレエの「白鳥の湖」や、サンサースの「白鳥」のように、優雅で物悲しい雰囲気があるのか、とおもった。

かくして、スワンを置いたのは、西側に位置するウッドデッキの上。

 

フォーチュンズ・ダブル・イエローのとなり。

 

暖かなオレンジと、どこまでも淡いレモンホワイトのコラボレーションが、やがてはデッキを飾るであろう、と期待した。

そのためにはと、木製のプランターを購入。

 

高さのある4段積みにして、根が深く伸びるための配慮を施した。

 

ところが、現実はそう上手くは行かない。

 

スワンは、それまでの中で、もっとも気難しい品種だった。

 

大きな、黄緑色の葉を出す。

 

枝も上方へと伸びて、待望のツボミが付く。

良かったのは、そこまで。

 

綺麗に開花したものはほとんどなく、大方はツボミのまま終了となってしまった。

 

この状態を「ボーリング」、と呼ぶことを、後から知った。

 

その後は、大半の葉が黒点病になり、夏にはほぼ丸坊主の姿に。

 

森の湖に浮かぶ、シックな容貌とはほど遠い、みすぼらしくて、哀れな姿が残された。

他の品種でも、最初は苦労したが、根気よく世話をしているうちに持ち返すものがあった。

 

気をとり直して、あれこれ手間をかけてみる。

 

しかし、黒点病による葉落ちに、目覚ましい改善は見らなかった。

 

次第に、「生来がこういう性格の品種なんだ」、と諦めの気持ちを抱くようになる。

 

いつしか、そのまま放置して、・・・数年が過ぎる。

 

その間、スワンは春にだけポツリと咲く、渡り鳥のような存在に。

それが、一昨年、リフォーム後に噴出していた各種問題を解消するため、庭の自己改修(要するにDIY)を決意。

 

その際、ハタとスワンの置きどころに困まる。

 

悩んだ挙げ句に、東側の軒下に、幅50㎝程度の空きスペースがあるので、そこに移すことにした。

 

トコロガッ、この引っ越しが、この花の本性を目覚めさせたらしく、別もののような生育を見せ始める。

まず、病気にかからなくなる。

恐らく、雨が当たらない軒下に置いたためだ。

 

ボーリングせず、多くの花が咲くようになる。

秋はおろか、夏花を付けるようになる。

 

まさしく、「醜いアヒルの子」が「白鳥王子」になったような変身ぶりだった。

 

つくづく、「麻雀とバラは場所が大切」、という教訓を噛みしめる。

 

考えてみれば、西日の当たる、風通しの良くないデッキの上は、スワンには実に不向きであった。

このバラの樹形はというと、真っ直ぐ上に伸びて横への広がりは少ない。

 

ただし、上にはかなり伸びる。

 

引っ越し後は、2m程度のミニツルバラとして仕立てるているほどだ。

 

花色は、白鳥のように純白ではない。

 

むしろ、淡いレモンを帯びているので、白より一層、優しく柔らかな色彩に見える。

 

この花のあり様は、オールドオーズを、薄くアクリル絵具で縁取りしたような、イングリッシュローズ独特の風合いに、満ち溢れているとおもう。

 

だから、この花の名前は、スワンのままで良いと納得する。

 

なお、花弁にローズピンクのドットが入るものがあって、これを我が家では、「スワンの涙」、と呼んでいる。

今では、30種ほどを栽培しているERであるが、この花以上に苦労した品種には、出会っていない。

 

むしろ、最初のスワンが気難しかったから、イングリッシュローズに、より強い愛着を持つようになったのかも知れない。