
15年も前の古い旅のことを、今さら記して何の意味があるのだろうか? 記憶も曖昧だし、感動も薄れてしまっている。
しかし、この旅のことは、いつかは文章にしてみたいとおもっていた。そこで、 残された写真をたよりに、思い出のパーツを繋ぎ合わせてみる。
すると、「やっぱり」と確信した。
あれは、まぎれもなく、人生最高の旅だった。
余分なことがそぎ落とされたあとの記憶には、川底からすくい出された砂金のような輝きがある。
その輝きには、時間の経過に左右されない、普遍的な美しさがある。
砂金ほどのきらびやかさはないにしても、人生において肯定的に思い出せることがあるということは、幸せなことに違いない。

2007年、11月のことだった。
マドリッドから、バスク地方を廻って、ビレネー麓のエンダイからTGVにのり、パリまで旅をした。
全部で十日ほどの、工程だった。
それは、今、思い出しても人生最高の旅であった

バスクに行く前に、セゴビアまでの日帰り旅行に行った。
セゴビア(Segovia)は、マドリードから約90㎞。
電車で行っても、車で行っても2時間程度。
日帰りが可能な距離だ。
マドリード在住の同僚に、車で連れて行ってもらう。
その後、彼にはこのバスク旅行の伴侶として、エンダヤまで同行してもらった

セゴビアの駐車場で車を降りる。
すると、いきなり巨大な建造物が、目前に姿を現す。
〈あんなところに、あのような物があってはいけない。〉
自然のあるべき姿とは、相いれることのない、あまりに場違いに見える人工物の出現。
それでいて、地上の一部であるかのように収まっている不思議さ。
きっと、秀逸した機能美があるからだろう。
さすがは「悪魔の橋」と呼ばれるだけのことはある、圧倒的な存在感。

地球上のだれもが文句のつけようがないであろう、超越的な世界遺産。
右の丘の上にある旧市街と、左側の高台の中へ、谷をまたいで延々と続く石造の橋。
これが、紀元前80年に始まった、ローマ支配の時代に造られた水道橋だというのだから驚きである。
それ以上に、今でも、現役の用水として機能しているところがスゴイ!
その長さは813m、高さは30mあるという。
塩野七生さんが、ローマ人を建築の天才と書いていたの思い出す。
実際、この橋をつくったのは大変な作業だったろう。
レインボーブリッジは長さが798m、高さが49m、竣工に6年を要したことをおもえば良く分かる。

ただ、ローマでは工法の規格化や標準化が進んでいて、現代人の想像をはるかに卓越した効率をもって、建設が行われていたらしい。
橋の直下に行き、歴史を乗り越え伝えられてきた、石のひとつひとつに触ってみる。
上を見上げれば、石が遥かに組み上げられていて、その先でアーチ状を作っているのが分かる。
ひょっとしたら落下するかも知れないという、危うさと恐怖心を感じる。
基本は、石の重さだけで支えられているのだから。
それが、築後2000年以上の間、倒壊することなく現役の水道として機能しているのだ。
いかに地震がない大陸だとは言え、2000年もの間、この水道橋を維持・管理してきたスペイン人の苦労も、半端ではなかったであろう。
これを作り上げたローマ人も凄いが、それを今まで保持してきたスペイン人の粘り強さも称賛ものである。

事実、レコンキスタのころ、撤退するアラブ人に破壊されたことがあったらしい。
それらの苦難を乗り越え、修復を繰り返しながら、現在に至っているのだ。
スペイン人が、なぜ、この水道橋を守り続けてきたのか、その理由を現地の人に聞いてみた。
すると、即座に返ってきた、その答えがまた洒落ていた。
「この橋を作り直すとしたら、あの横柄なローマ人を、もう一度呼び戻さなければならないだろう!」

画像:セゴビア水道橋ほか