泣いて木を伐る


コガネの襲来に有効な手段を見いだせないまま、昨年の冬を迎えた。

 

クラブアップルは彼らに食べつくされ、赤い小さな実をつけることは無かった。

 

それでも、高さは3mは優に超えていただろう。

 

葉の茂りが旺盛なために、かえって維持や管理のための手間を持て余すようになっていた。

 

それに加えて、庭の東側に位置するため、おのずと大きな影をつくることになる。


これが、バラの生育にも良からぬ影響を与えているとおもわれた。

熟慮の末、クラブアップルを伐る決意を固める。

 

気持ちが揺るがないうちに、即、行動に移す。

 

幹の直径は15㎝ほど。

 

何せ、急な決断だったため、必要な道具類がそろっていなかった。

 

中でも、ノコギリは電動がなかったので、木工用のものを使うことにした。

 

この程度の太さであれば、手動でも伐れると判断した。

 

少々、センチメンタルではあるが、自分の力で伐ることが、せめてものクラブアップルへの供養になるともおもった。

 

あるがままに幹を伐ったら、寝かせるのに十分な場所がないので、まず上部の枝を落とす。

 

たちまち、狭い庭が切り取られた枝で埋ってしまう。

枝を切り取り、幹の高いところを伐り、最後に地上から5㎝位のところに歯を入れる。

 

樹液が多く出てきて、ノコギリが悲鳴をあげる。

 

力をいれても、歯がなかなか前後に動かない。

 

腕が疲れて、どうにもならなくなる。

 

悪戦苦闘の末、ようやくのことで幹を伐り取る。

 

しかし、最大の難所は、幹を切り取ったあとの伐根であった。

 

ネット情報により、残った切り株に3つほどの穴をあけ、そこにオルトランなどの殺虫剤を注ぎ込むことにより、根を腐らせる方法があることを見つけていた。

 

これも、木工用のキリを使って残った切り株に穴を開けることにする。

 

伐ったばかりの樹木は、繊維質が硬くて、キリによる穴あけは困難を極めた。

掌が赤く擦り剝けてくる。

 

クラブアップルの最期の悲鳴かなとおもうと、この程度の痛みは致し方ない。

 

一時間近くかかって、ようやく深さ約15㎝の穴を3つ開けることができた。

 

スポイトでオルトランを注ぎ込み、ビニールテープで切り株にフタをする。

 

オルトランが木に吸い込まれたら、新たに補充する。

 

これを、3週間ほど続ければ、やがて根が腐るとのことであった。

 

日数とともに、次第に切り株の表面が乾いてゆき、皮と木の間に隙間ができるようになる。

当初は穴の上まで樹液が押し寄せていて、殺虫剤がうまく注入できなかった。

 

それが、次第に樹液の量が減って、開けた穴は完全に空洞になる。

 

この結果、殺虫剤を注入できる量も増えた。

 

だが、地中にある根の部分は、まだまだしっかりしていて、押しても引いてもビクともしない。

 

二か月が過ぎても、この状況は変わらなかった。

 

さすがに、切り株を残したまま、春を迎えることはできない。

 

それでは、この場所を譲ってくれたクラブアップルに、申し訳けがつかない。


穴に殺虫剤を入れる方法を諦め、速効性のある、何か別の対策を講じる必要性に迫られる。


やはり、直接切り株を掘り出すしかないな、とおもった。

 

伐根のプロがいることを知り、ネットで探した業者さんに来てもらう。

 

すると、現場を一瞥するなり、「タイル張りですね。うちはやりません。」


かくして、自力で伐根するより手段がなくなる。

 

まず、株回りの土を掘り返すことから始める。

 

クラブアップルの根元には、アジュカを植えていた。

 

このアジュカは強健を通り越して、かなり貪欲な性質で、みるみる根を広げて花壇からはみ出す始末であった。

 

まずは、このアジュカを撤去し、移植コテやスコップを使って穴を堀る。


タイルの上にそのまま土を盛ると、後で汚れ落としが大変なため、ファンシーケースに掘った土を入れる。


最終的には、ケース三個分の土を掘り出すこととなった。

20cmも掘ると、硬い根にスコップが当たるようになり、それ以上掘り進むことが難しくなる。


細い根はハサミで切断できるが、太さが3cmを越える主根が何本かあって、地中に深く伸びている。

 

いったいどこまで伸びているのか計り知れない。

 

とても、スコップだけで掘り起こすことができる作業ではないことを悟る。

 

小回りの効く移植コテを使い、主根の周辺をある程度の深さまで掘って、ノコギリで切断することにする。

 

ところが、狭い穴の中の限られたスペースでは、十分な引き幅をもってノコギリをゴシゴシすることができず、作業は難航を極めた。

 

初日が終った時点で、作業の完遂には電動ノコギリが必須なことを思い知る。

 

電動ノコギリは、まさに救世主であった。

 

主根を4から5本、地中で切り取る。


主根が無くなると、株の中央にある根にもアプローチすることが可能になり、それらも切断する。

 

かくして、地中に張っていた根の大方を切断し終わると、根株は、手でもグラグラと動かすことができるようになった。

 

スコップをテコにして、上に持ち上げて、根株を穴から引きづり出す。        

 

実働三日に及ぶ大作業だった。              

 

根株は泥がついていることもあり、かなり重たかった。

 

掘った土は、もとの穴に戻せるものは戻し、それでも余ったものはファンシーケースに一次保管することにした。

 

ひとつ経験すれば、次からの作業はスムーズに進む。

 

その後、立て続けに、ジューンベリー、コニファーと、合計5本の木を伐った。

 

ジューンベリーの伐根においては、働きものの電動ノコギリは、ついに黒煙を上げて動作不能となった。

 

その代わりに、小型チェーンソーを購入する。

 

小型チェーンソーは、樹木の切断という目的においては、比類無き働きを示す。

 

チェーンの弛み調整にさえ気をつかえば、まさに怖いもの知らずだ。

 

電動ノコギリは薄いブレードを動かす構造のため、対象物との角度を適切に保たないと動作を停止してしまう。

 

チェーンソーは、そんなことはお構い無しに伐り進んでくれる。

 

最初から、チェーンソーを準備すべきだった。

 

《木を伐ることについてのまとめ》

 

◇木を伐るという行為の中には、伐根作業が含まれているのを忘れないこと (ただ伐ればいい、というものではない)。

 

◇伐根には、残土処理への準備が必要なこと (ただ掘ればいい、というものではない)。

 

◇木の大きさにもよるが、適切な器具を使用すれば、自分ひとりでできる。


◇用意すべき器具類は、小型チェーンソー、スコップ、移植コテ、ファンシーケース(掘った土を入れるもの)、作業シート(態勢維持が辛くなるので、地面に座れるようにすると良い)。

 

◇穴掘りの過程で、コガネの幼虫を多数やっつける効果がある。