Lascia ch'io pianga(私を泣かせてください)


イタリア歌曲ベスト10の2位に選んだ、”Laschia ch'io pianga" 。

 

翻訳名は、『私を泣かせてください』、とも『涙の流れるままに』とも。

 

名は体を示すと言うが如くに、この曲を聞くたび、涙が溢れてくる。

 

泣いているのは、このアリアをうたうアルミレーナなのだけど、「私を泣かせてください」の〈私〉とは、自分のことではないかとおもうほど。

 

ヘンデル作曲、オペラ「リナルド」。

 

場面は、中世のエルサレム。

 

十字軍騎士のリナルドと、司令官の娘アルミレーナは恋に陥る。

 

ところが、魔女アルミーダの術により、妖怪が住処とする山中の奥深くに捕えられてしまう。

 

自らの悲惨な運命を嘆き、アルミレーナは歌う。

 

Lascia ch'io pianga mia cruda sorte,

e che sospiri la liberta.

 

私を一人で泣かせてください 

残酷な運命に溜息をつかせてください 

失われた自由に

 

Il duolo infranga

queste ritorte

de' mei martiri

sol per pieta.

 

私の悲しみの鎖を打ち砕くのは 

哀れみだけ

自分の悲運を嘆いて

 

テナーが選ぶという主旨から、このランキングでは、No.1の座をCaro mio benに譲ったけど、音楽がもつ共感度は、この曲のほうが高いとおもっている。

 

では、テナーの演奏はないのかというと、そうではない。

 

You tubeで調べてみたら、数は少ないけれど、カウンターテナー以外の男声の演奏もあることを知る。

 

これだけの名曲なのだから、それはそうだ、とおもう。

 

特に、三大テナーの一人である、『ホセ・カレーラス』は、CDのレパートリーに取り入れているほど。

 

さらに、バリトンのものもあった。

 

アゼルバイジャンの国民的な歌手であり、ソビエトのシナトラと呼ばれた、『ムスリム・マゴマエフ』が歌っている。

 

音階を一音半低い、D-durにしている。

 

こちらの方は、レチタティーヴォも含めた、たっぷりめの演奏。

 

しかし、これらを聞くと、何かしっくりと、こないものを感じる。

 

演奏そのものを、素人があれこれ批評するつもりは毛頭ない。

 

あくまで、聞いたときの印象を述べるとすれば、男声の音域と表現のニュアンスだと、聞き手が期待している何かが欠けているような感じがする。 

 

素晴らしい演奏ではあるのだけど、ソプラノで聞くときのように、自然に涙が流れてこない。

 

聞いたあとに、「私を泣かせてください」と、お願いしたくなる。

このオペラが発表された当時は、カストラートの全盛期であり、ソブラノやアルトの音域を男性がうたっていた。

 

多くのカウンターテナーが、この歌をカバーしているのも、納得できる。

 

同じ男性の声でも、カウンターテナーの声質が、この歌が作り出す旋律のうねりに、うまくミートしているからだろう。

 

フランスが世界に誇るカウンターテナー、フィリップ・ジャルスキーの演奏を聞いてみる。

 

心地よい、高音が響いてくる。

 

澄み切っていて、とてもきれいだ。

 

透明感に、心が打たれる。

 

だけど、頭声主体のカウンターテナーの発声は、全体的に柔らかくて軽い音色になる。

 

そのためか、この歌に必要なメッセージの一部が、うまく伝わってこないような気がする。

 

女の強い情念のような。

     

では、男性でもソプラノの音域の声を出せる、ソプラニーノの演奏はどうなのだろう。

 

モルドバが生んだ世紀のソプラニーノ、ラドゥ・マリアン。

 

彼のうたう、Lascia ch'io piangaがあったので、聞いてみる。

 

明らかに、カウンターテナーの演奏とは異なる声質。

 

知らないで聞いたら、本物の女性がうたっていると勘違いしそう。

 

それも、うら若い乙女のように。

 

聞いているうちに、ウルウルとしてくる。

 

だけど、やっぱり、ハラハラ涙にはならなかった。

 

清楚さの中にも、燃えるような情念を併せて持つ、アルミレーナの命懸けの祈り

 

この女心の深淵を、男性が表現するのは、ソプラニーノの声質をもってしても、難しいのかも知れない。

 

ここで、女性ソブラノの演奏を聞いてみる。

 

まずは、バルセロナ出身で屈指の名ソプラノ、モンセラート・カバリエがうたうビアノ伴奏版。

 

歌い出しから、すぐにもう、ヤバくなる。

 

滑らかな高音の響きが、心に沁みる。

 

極上の美しさに、目頭が熱くなり、最後のほうでは、生きていて良かったとまでおもう。

      

最後に、オーケストラ版を聞いてみる。

 

若手歌手の中で、一番好きな声の、ブルガリア生まれのソプラノ、ソーニャ・ヨンチェヴァの生演奏版。

 

少し雑音があるけど、録音版とは異なる臨場感がたまらない。

 

じーんとしてきて、言葉がでない。

 

ただただ、ハラハラ涙が流れてくる。

 

女性が訴える、曇りない純朴さ、心根の美しさ、包容の潤いと優しさ、そして宿命への悲嘆。

 

それらが、ソブラノの歌声とオーケストラの響きに重なって、ひたひたと満ち寄せてくる。

 

どちらが欠けても、ダメなのだとおもう。

 

かくして、ヘンデルの作った音楽に、完敗する。

     

ここで、1711年に初演された当時のオペラ「RINALDO」のキャストを見てみる。

 

◇リナルド(十字軍の騎士): アルトカストラート

◇ゴッドフレード(十字軍の指揮官でアルミレーナの父): コントラアルト

◇アルミレーナ(リナルドの恋人、ゴッドフレードの娘) : ソプラノ

◇アルガンテ(敵側イスラームの王): バス

◇アルミーダ(ダマスカスの女王で魔女): ソプラノ

 

主役のリナルドにアルトカストラートをあてているように、18世紀オペラはカストラートの全盛期。

 

そんな時代背景において、ヘンデルはアルミレーナにソブラノを配役している。

 

”Lascia ch'io pianga”は、ソプラノに歌わせるために、書いたからだろう。

 

カストラートのソプラノもいたそうなので、常に女性が歌っていたのではないだろう。

 

しかし、カストラートの制度が廃止されて久しい現在、この歌の神髄を歌いつないでいるのは、ソプラノ歌手たちの、高い技術と深い歌心であることは、言うまでもない。

 



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コメント: 1
  • #1

    miko (金曜日, 01 9月 2017 18:38)

    もうかなりダメ〜
    メロメロかも⁉️