”To lo sai" (あなたは知っている)

このイタリア歌曲ベスト10も、いよいよ最後の曲、


Tu lo sai (あなた知っている)の番となる。

 

17~18世紀、イタリアバロック期に活躍した、ジュゼッペ・トレッリ(Giusdeppe Torelli)。


イタリア古典歌曲集にある、彼の作品は、この一曲だけ。

 

そればかりか、彼がが作ったとされる歌曲で、現在まで残されているものは、これ以外に見当たらないのだそう。

 

ベスト10の最後に、どれを入れるかは、かなり迷った。

 

そこで、自分が繰り返し歌ってみたい曲を選択の基準として、

 

その結果、選んだのがこの曲。

      

以前から、思い出しては歌うことが多かった。

 

どこかしら、メロディラインが、カロミオベンに似ているとおもっていた。

 

長調、ABA方式、恋心の表現など、歌いやすくて、好きなタイプの曲だった。

 

ところが、少々、この歌のことを調べているうちに、「おもってたのと、ちょっと違う」と考えるようになる。

 

そもそも、カロミオベンとは、全く性格の異なる音楽である。

  

それは、両者の、歌詞を読み比べてみただけでも、一目瞭然

 

ともに、受け入れられない愛の葛藤、をモチーフとしているのだけど、

 

カロミオベンが、「恋する心の純情」を吐露しているのに対し、Tu lo saiは、「恋するが故えの痛み」を訴えている。

 

以前は、この曲の中間部(Bパターン)の終わり方が、何か不自然に思えて、あまり好きではなかった。

 

低く、沈み込んでゆく音階だし、

 

リフレインするA'パートへの接続感が、イマイチ、しっくりしない。

 

ところが、曲と歌詞との相関関係を理解してゆくうちに、そうは思わなくなっていた。

 

この曲は、当初の印象より、ずっと深くて複雑なものを表現しているのだ。

 

作者、ジュゼッペ・トレッリ。

      

1658年、イタリアのヴェローナに生まれる。

 

父親は関税健康調査官で、その9人兄弟の6番目だったらしい。

 

この当時のヴェローナは、ヴェネツィア共和国に属していた。

 

海運強国として、世界の富を手中にしていたヴェネツィアも、彼が生まれた15世紀後半になると、オスマントルコの台頭等により、衰退への坂を転がり始めていた。

 

ヴェローナを取り巻く情勢も、かなり怪しくなっていた。

 

貴族間の抗争が恒常化する中、一時的に海賊に支配されたりする。

  

そんな、落ち着かない社会環境への不安もあったのかも知れない。 

 

若いころから、ヴァイオリンやビオラの名手だった彼は、

 

20代のうちに、ヴェローナを離れ、ボローニャやドイツのアンスバッハで活躍する道を選ぶ。

 

次第に、作曲家としても活動。

 

ヴァイオリンやトランペットのための、作品が多い。

 

今では通奏低音を使ったコンチェルトの創出者として、高く評価されているのだそう。

 

一方、歌曲の方はというと、ほとんど作品が残されていない。

 

To lo saiも、後年になって、Albert Fuchsという、ドレスデン生まれの作曲家(1858~1910年)の編曲により、

 

広く、人々に知られるようになったそう。(Sara McMahon Dr.Helvering Musicianship 14/22/12)

 

レッリは、同年代に活躍した、A.スカルラッティのように、数多くのオペラを作曲していた訳ではないから、

      

当然ながら、この曲も、当時ヒットしたオペラアリアを切り出したものではないのだろう。

 

また、フランチェスコ・ドゥランテのように、音楽学校の先生をやっていた訳でもない。

 

だから、この曲が学生の口を通して流布していったことも考えられない。

 

かように、Tu lo saiの出自は、良くわかっていない。

 

誰かに頼まれ、簡単に書きなぐったようなものだったのかも知れないし、

 

他のガラクタと一緒に葬り去られるのを待つ、アンティークのような存在だったのかも知れない。

 

ただ、これまで、このベスト10の記述をとおして、分かったことに従えば、

 

時代を超えて、人々が普遍的にもつ感性に触れ、共感を訴求できるような曲でなければ、すでに淘汰されてしまっているはず。

 

この曲が、くぐり抜けてきたであろう、幾多の紆余曲折のあとも、なお、現在まで歌い継がれている背景には、


それにふさわしいだけの、理由が存在しているからなのだ。

 

その手がかりを知るために、歌詞を眺めてみる。


<原詩と英訳>

Tu lo sai, Quanto t'amai (You know how much I loved you)
Tu lo sai, lo sai crudel (You know it, you cruel)
Io non bramo altra merce (I am not longing for other mercy)
Ma ricordati di me (but please remember me)
E poi sprezza infedel (and then dispise me, you unfaithful)

 

<戸口幸策さんの和訳>

私が貴女をどれほど愛していたか、

貴女は知っている、

知っている、むごい女(ひと)よ。

私はほかには何の報いも望みませんが、

私のことは憶えておいてください、

そして不実な男を軽蔑してください。

 

この歌詞については、いろいろな解釈が成り立つようだ。

 

400年近くも前の、作者不詳のものだから、仕方ないのだろう

 

とりわけ、最後のセンテンス。

 

ここを、相手の「裏切りを軽蔑する」、とのように訳しているものが多い。

 

ところが英訳を見ると、「自分を軽蔑してくれ」(dispise me)。 

 

あれれ?


軽蔑する相手が、真逆になってしまっている。


なんでだ?

 

こういう場合は、全体の趣意を考えてから、細部の解釈を実施するべき。


そこで、以下に、自分なりの理解を記してみることに。


まず、この歌のメインテーマは、〈真実の愛〉と捉えることにする。

 

真実の愛とは、どんなことがあっても変わることのない、永遠の信念。

 

ところが、わたしの気持ちは、あなたからの酷い仕打ちを受けて、グラついてしまっている。

 

それは、あなたに対する不実・・・?

 

これは、自らを蔑むことにによって、より深い相手への思いを伝えようとする、逆説的な愛の表現。


改めて、この音楽の作りをみて見る。


すると、例の低くて暗い音程へと降下させている中間部には、


infedelという歌詞を当てて、不安や悲しみを表現している。


これは、わたしに対する自責の念も示すもの。


その後に続く、A部のリフレインとエンディングでは、


許諾と達観の気持ちの他に、憎しみや嫉妬を感じ取ることはできない。

 

「あなたの犯した不実を、わたしは許さないわよ!」、


みたいなことを表現したいのなら、もっと違う終わり方になるのでは・・・?


 

トレッリが生まれ育ったヴェローナは、ロミオとジュリエットの舞台。

 

まさしく、真実の愛のために命を絶った、若い二人の悲劇。

 

貴族同士が抗争に明け暮れ、騙しや裏切りが横行する世相を背景に、この戯曲は生まれたといわれている。

 

To lo saiの中にも、同様に、表層的な恋心の表現に留まらず、真実の愛のあり方が、テーマとして織り込まれいる、

 

それだからこそ、時代の流れに淘汰されることなく、現代まで歌い継がれてきた。


この歌を構成している、音楽と歌詞の関係を見れば、そのように解釈してもおかしくないのではないのではないだろうか。

 

それでは、現実の演奏では、どのような表現になっているのだろう。

 

さっそく、YouTubeでいくつかの演奏を聴いてみることに。

 

イタリア古典歌曲の入門曲として、多くの支持を受けていることもあって、多数の演奏がアップされている。

 

それも、想像以上に、男声プロの演奏が。

 

その中でも、Marko Fortunatoの演奏が、際立っている。

 

壊れゆく恋の後ろ姿を、哀惜の念で見送る、そんな男ごころを歌っているようだ。

 

同じく、テナーのRichard Tuckerの演奏にも、達観した、大人の男の味を感じる。

 

A'部のリフレインの歌い方に、適度のアレンジが加わっていて、なんだかシャンソンのようにも聞こえてくる。

 

バリトンの、Christopher Temporelliの包容力ある歌声にも、心が動く。

 

テナーにはない、温かさ、奥の深さは、成熟した男性そのもの。

 

ソプラノによる、代表的な演奏としては、Halrene Pomroy Olsonのものを挙げてみる。

 

全体として、声のテンションが高く流れていて、男声とは表現しようとしているものが異なっているようにおもえた。

      

"dispise me”と"you unfaituful "のどちらに重点を置くかによって、演奏の印象も異なるのだろう。

 

ほんの、ひとかじりしただけの知識で、初心者テナーが、イタリア古典歌曲の足跡を追いかけるという、大それた試みを続けてきた。


素人のしったかぶりに、閉口されることも、あったろう。

 

いま、脳裏に、恩師、皆川達夫先生が、常々口にされていた言葉が、思い浮かんでいる。

 

「音楽は、ひとりひとりの作曲家のつくり出した作品がその時代をつくり、

 

ひとつの時代がまた次の時代へとつながってゆく」。

 

「鎖のように、音楽の輪は、しっかりと後世をつなぎとめ、そしてまた、その次の時代へとつながっていった」。


このブログを続けたお陰で、この言葉が意味することを、おぼろげながら、理解することができた気がする。

 

いまの時代に生まれたものたちは、ルネッサンス、バロックの時代から、音楽家たちが、延々と受け繋いできた《鎖の輪》を、しっからりと受けとらなければならない。 

 

イタリア古典歌曲のことを記述しているうちに、そんな恩師の言葉を思い出すことができたのは、何よりの喜びだった。


現代に生み出されている幾万の音楽も、やがては、大方が淘汰されて、


ほんの僅かなものだけが、現代を代表する《鎖の輪》となって、後の時代に伝えられてゆくのだろう。

 

たとえ、時代が移ろったとしても、変わることなく、人々の感性に触れ、共感を巻き起こすことのできる、ほんの一握りのものだけが

 

音楽のある生活に、退屈や停滞はない。