
スペイン料理は、大きく6種類に分けられるという。
マドリードを中心とした、カスティジャーナ料理。
北部バスク地方の、バスク料理。
バルセロナを中心とする、カタルーニャ料理。
北西部、イベリア半島の左角にあたる、ガリーシア料理。
半島最南端にあたる、アンダルシア料理。
そして、半島南東部の地中海に面した、バレンシア料理。

Casa de Valencia(カサ・デ・バレンシア)。
マドリードにある、バレンシア料理の専門店。
入口を進むなり、バレンシアタイルに描かれた、大きなエンブレムに迎えられる。
これを見ただけで、本場の料理に対する期待が、一段と高まってくる。

バレンシアには、ちょっとした思い出がある。
1990年の初夏、マドリードからセビーリァをとおり、ジブラルタルをフェリーで抜け、モロッコのマラケシュやカサブランカまで、バス旅行をした。
帰路は、アンダルシアから東海岸に沿って北上して、マドリードまで戻った。
その道中はというと、トレモニーノスにいったり、アルハンブラを探索したり。
旅の最後に、バレンシアのアリカンテにたどり着く。
砂丘がつづく海岸線の白い砂、地中海の鮮やかな青と、ほのかな潮の香り。

バカンスのひとびとの、賑わいと気だるさ。
サングリアの甘酸っぱさ。
オリーブとニンニクと、イカやエビの匂い。
明るさと明快さが醸し出す、心地よい解放感に包まれて、時が経つのを忘れた。
ジブラルタル海峡の航行は、スペインのアルへシラスから、モロッコのタンジェまで。
フェリーの速度で、90分で渡れるほどの距離。
上陸後のイベリア半島は、だいたいが、平たんな地形の連続になっている。
これだから、マグレブからやってきたイスラームが、あっという間に半島を支配してしまったんだ。
そんな、歴史の必然に、ひとり納得したのを覚えている。

もうひとつ。
今でも、体感的に蘇るのは、アンダルシアからバレンシアへと続いた、ギラギラした陽光の存在。
それは、日差しの強さに加えて、地中海の反射が入り混じった、奥深くて透明な輝きだった。
その陽光と潮流が育てた陸海の食材を、惜しげもなく使うのが、バレンシア料理。
素材を大切にして、簡潔に調理する。
小難しい能書きなど、一切ない。
素朴で男性的なスペイン気質の一面を、良く現わした料理だとおもった。

Casa de Valenciaは、そのバレンシア料理が、マドリードで楽しめるレストラン。
新鮮な食材を現地から直送して、本場の味を守っている。
この日のチョイスは、次のとおり。
前菜には、かたくちイワシのオリーブ漬けとアサリのバター蒸し。
定番料理だけど、ここにきたら、これらをオーダーせずにはいられない。

ワインは2001年のリオハの白。
今になって調べたてみたら、CVNE Monpole(クネ モノポール)だとわかる。
ブドウはマカベオという品種。
フレッシュで、かすかにある渋みと苦みが、オリーブオイルの強い料理に見合っていたと記憶している。

つづいて、ガンバス(車エビ ) とカラマーリ(ヒイカ )の焼いたものをオーダー。
ガンバスのほうは、これぞ素材勝負の料理。
殻を剥いて、中身を食べるのだけど、美味しいのはむしろ頭の部分。
足を掴んで硬いヘルメットをはずして、味噌にかじりつく。
魚介好きは、スペイン人と日本人の共通点。
レモンが付いてくるのは、料理に搾るためだけではない。
食べたあとの手の中に搾って、汚れを落とすのに使う。
手に残ったレモン汁を、ナプキンで拭きとると、さわやかな香が残る。
いわば、フィンガーボールの代用のようなもの。

バレンシアのカラマーリは、ニンニクとみじんにしたバジルとオリーブオイルで、焦げ目がつくまで焼いたヒイカ。
縁が焦げた、ヒイカのコリコリした食感と、オリーブソースの絡まり(カラマーリ)に、素朴で明快な、バレンシア料理の本質を知ることができる。

バレンシア料理の特徴は、何といってもお米を使うこと。
その代表料理が、言わずと知れたパエリャ。
その味付けや具の種類は、各種各様。
このときは、サフランとトマトがベースの魚介のパエリャ。
オーソドックスながら、カニやエビが、一匹まるごと入っているものをチョイス。
バレンシア米は、ご飯にして炊いても、日本米と変わらずおいしいとのこと。

お米といえば、白米を、そのまま使ったデザートもある。
アロス コン レチェと呼ばれる、お米を牛乳と砂糖で炊いたもの。
一見では、ただの「おかゆ」。
その味は、とても甘くて、シナモンか何かのスパイスが入っていたと記憶している。
不思議な食感だけど、結構おいしかった。
これが、白米至上主義の日本人には、お米に対する冒涜と映ったらしく、甚だ評判が良くなかった。

デザートには、ドライフルーツ盛合わせを注文。
デーツや、かんきつ類に砂糖をまぶしたものが、陶器のデザート皿に納められてくる。
真ん中のデキャンタの中には、食後酒が。
これは、ポロンと呼ばれる、伝統的な酒器。
今となっては、パチャランが入っていたのか、オレンジ系のリキュールだったのか、定かではない。
ただ、このポロンを使った飲み方は、いまでも忘れられない。
スペインには、牛皮でつくった携帯用ワインケースがある。
胃袋状の革袋の上部に、栓と飲み口がついていて、細い紐で首からかけられるようになっている。
中のワインを飲むときは、グラスなどを使わず、飲み口からそのまま口に流し込む。
口をつけないので飲むため、ワインはケースを流出したあと、一瞬、空中を通過して、その後また口の中に納まる。
ポロンから飲むときも、それと同じ飲み方をする。
自分が飲んだら、隣人に回して、ふるまい酒とするそうだ。
いかにも、アミーゴを大切にする、スペイン人らしい。
おいしい食事を中心において、ワイワイガヤガヤと飲み交わし、やがては大きなアミーゴ同志の輪ができあがる。
Casa de Valenciaでの食事は、そんな国民性の一端も知ることができる、楽しいひとときであった。
